よく一緒にお散歩した公園を一人で歩いてみました

愛犬の旅立ち

昨日は日中ほとんど雨模様でした。そんな中、用事を済ませた後お買い物をしようと車を走らせている時に、ふとクゥと一緒によくお散歩した公園を一人で歩いてみたいと思いました。公園が見える道は時々通りますが、車を駐車場に止めてまで公園内を散歩することは、クゥ亡き後は必要がなくなってしまいました。

それでも昨日は、なんだかその公園に行ってみたくなったのですが、あんまり”クゥと一緒に”って思ってばかりいると、クゥが負担に感じるかな?何度も呼び出されるのは迷惑かな?ってちょっと遠慮の気持ちが湧いてきました。

それで、今日は雨だし、もし泣いてしまっても傘で顔は見えないし、そもそも雨だからあまり人はいないかもしれないから、一人で散歩するには今日がそのチャンスかな。一緒に散歩した場所に行って、思い出に浸ってみるのもいいかなって思いました。

私としては、一人で、というのがポイントでした。クゥがいなくても少しは大丈夫な自分になったかどうか、ちょっと試してみたくなったのです。ですが、「一人じゃないよ、ボクもいるよ」って思わざるを得ない現象がすぐ現れました。

信号待ちをしている時に、一台の車が通り過ぎていきましたが、なぜかその車のナンバープレートを凝視してしまったのです。無意識に「あ、この番号なんか知ってるな~」と思い、ハッと気づくとクゥのお誕生日の4桁でした。

無理にクゥを意識しないようにする必要は、まだないのかもしれないと思いました。少なくとも今はまだその時期にはなっていないのだから、意識したいときに自由にクゥを意識してもいいのかなと思いました。

そして、一緒に散歩した頃のクゥの幻を追いながら、雨の中一人で散歩しました。3~4分で歩けるコースを1周しましたが、すれ違う人は誰もいなかったこともあり、小さな声でクゥに話しかけながら歩きました。それでも、このコースこんなに長かったっけ?と思うほど、一人で歩くには長い道のりでした。

1周したし、もう帰ろっかなと思った時に、また思いついてしまいました。この道をクゥと一緒に散歩した時の動画を見ながら、もう1周することを…。カメラロールを開くと、クゥが亡くなる10日前の動画がありました。ただ歩く姿を後ろから撮影しただけの1分半の動画でしたが、画面を見ながら歩くと、その時の場面がよみがえってきました。

命のタイムリミットがあと10日に迫っているというのに、私がちゃんとついてきてるかどうか確認するかのように、何度も後ろを振り返りながら「ほらボクこんなに元気だよ!」といった様子で歩くクゥと、迫りくる現実に気付いていない私が記録されていました。

それでも、昨日の私はわりと冷静で、大粒の涙を流したり、後悔の念に押しつぶされたりすることもありませんでした。俯瞰して見ることができた、とでもいうところでしょうか。この、動画とお散歩疑似体験はいつでもできるので、また別の動画を見つけて別の場所で体験したいと思いました。よい運動にもなりました。

そして、もし次に車を買い替えることがあるなら、私もクゥのお誕生日の4桁のナンバープレートにしたいと思いました。

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